※1の承太郎視点
 
 
 
 
美しく柔らかな赤い毛並み
幾日も眠らせた極上の蜜を満たしたような琥珀の瞳
今の今まで忘れたことなど無かった
目の前に焦がれたお前がいる
 
 
 
森の土と木々のうっそうとした香りに交じって
様々な香りがただよってくる
甘い匂い、畑のにおい、家畜の匂い、火の匂い・・・
 
奴らの群れが近い

人の里に近づくのは危険だと祖父は自分に言って聞かせた
それを忘れたわけではない
しかし何れは森の王になる自分には知ることが必要だ
将来の敵が何処にいてどんな暮らしを送っているのか
そんな建前と大部分を占める好奇心に促され
人の群れへと近づいた
 

その報いは直ぐに訪れた
 
脚を冷たい黒い口に挟まれて血を流してもがいていると
草を揺らして何かが近づいてきた
 
緑の草木の間から現れた鮮やかな赤
暗い暗緑色ばかりの森の中でその毛並みは燃えるような美しさだった
その獣は人に飼らるるものにも係わらず
自分を敬い、餌を運び、癒した
その奇妙な数日間ずっと考えていた
何故お前が森の獣である自分を助けるのか
 
そして今でもずっと考えている

あの時目の前に跪いた毛並みの艶やかな光
森の生き物とは違う甘く柔らかな匂い
濡れた琥珀の瞳は蝶を誘う蜜の色
きっとお前を食べたなら人間が食べる砂糖菓子のような味がするのではないだろうか
命の恩人を喰らう妄想など恩知らずもいいところだと頭を振る
その感情が食欲ではない別の感情であると解る年頃になって
それを満たすことが不可能なことであるということを同時に知った

森と里とに境はないが
森の獣と人の間には深くて大きな溝がある
また会う時はきっところしあう事になるだろう
会わない方がいいそれでいい
美しい幼い思い出に浸るだけで満足することを自分に言い聞かせてきた

そのときまでは
 
ある日
人里から森を訪れるものがあった
森の様子を見て廻っていたその時にたまたま其れに出くわした
人とその従者の人の獣が一匹
獣は脚を患っているらしく歩きにくそうにしながらも
懸命にその主人の後を追っていた
こんな森の中に脚の不自由な獣を連れてきたところで何の役に立つというのだろう
不思議に思って草陰からその姿を追った
程無くして主従がその足を止める
獣は主人の命ずるままにその場に腰を下ろした
主人はそこから少し下がって背中の細長い袋から黒い筒を取り出す
その黒は幼い頃に自分の足に喰らいついたあの黒と同じ鈍い光を放っていた

嫌な予感がした

じっと獣は主人の顔を見つめて大人しく座っていた
自分にこれから起こることを解っているかのように
その瞳には戸惑いも恐れも感じられなかった
あるいは只己の主人に対する絶対的な信頼のためだったのかもしれないが
その獣に向かって主人が黒い筒の先端を眉間へと向けた
 
高い破裂音

鳥たちが騒ぎをあげて飛び立った
目を瞑らずに見届けたのは
轟く音よりも眼前の事実に衝撃をうけたからだ
ゆっくりと地面へと倒れ伏した体と
地面に広がる赤い血の河
人間はその獣をそのまま放って自分の巣へと帰っていった

後に残ったのは沈黙のみだった
愕然と立ち尽くす
刹那
言いようの無い感情が自分の体から湧きあがって来るのを感じた
その獣はお前たちに尽くしてきた仲間ではないのか
もしもこの獣が見ず知らずの者ではなくお前だったとしたら
あの時お前は脚を怪我した自分を助けた
しかし脚を失ったお前を人間は今まで通りに慈しむだろうか

あれは未来のお前の姿だ

震えがはしる
一刻の猶予も無い
早く森の誰からもお前を守れるように強くなって

迎えに行く

例え拒まれようとも
必ず力ずくででも連れて来よう
お前は恩知らずだろうと俺を罵るだろうか
だがな花京院
お前の従うその生き物は俺たちよりもずっと恩知らずで暴虐だ
お前はそれを知らない
誰よりも早く強くなる
お前を迎えに行くために
 
 
それから一年
 
 

この森に自分に適う者は無くなった
たとえ人の獣に嫌悪を示す者がいようとも
もはや王となった自分に申し立てをしようとする者はいない
誰にもお前を傷つけさせはしない
そのための準備は整った
 
笑いながら彼は自分を否定した
予想された返答に自嘲の笑みが漏れる
ならば
いきなりの襲撃に相手はあっさりと地面へと引き摺り倒された
自分に飛び掛られるとは予想だにしなかった様に驚愕に目が見張られる
あの日自分の前に無防備に差し出された首筋
記憶のままに甘く香るその毛並みに飢えを思い出す
そのまま獲物に喰らいついた
当然に歴然の力の差の前に成すすべもなく
後は思うままに相手を貪り
気がつくと獲物は動かなくなっていた
 
力を失ったお前を傷つけないように運ぶ
記憶にあった自分よりも大きかったその体は今では随分と小さく軽く感じられた
だが美しい毛並みはやはり柔らかな甘い匂いをして
今は閉じられたその瞳も記憶のままに美しかった
自分の住処である森で一番大きな木の上に引き上げて
落ちないように横たえた
 
そこは王の塒
ようやくお前を守ってやれる。
漸く安堵が訪れたとこを知る
あの日以来お前のことを思わない日はなかった
夢ではなく手に入れた獲物の
赤い毛並みに体を寄せて眠る
眠りは深く穏やかだった
 
 

 

 
 
 

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